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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)2283号 判決 1981年2月03日

控訴人 中野正枝

被控訴人 堀尾清

主文

本件控訴を棄却する。

被控訴人は控訴人に対し金五六九万円及びこれに対する昭和四二年一〇月一八日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の第二次予備的請求を棄却する。

控訴費用は二分し、その一を被控訴人、その余を控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。(主位的請求)原判決別紙物件目録記載の土地は控訴人の所有であることを確認する。被控訴人は控訴人に対し同土地について所有権移転登記手続をせよ。(第一次予備的請求)被控訴人は控訴人に対し同土地について東京法務局世田谷出張所昭和四七年三月一四日受付第九〇四八号条件付所有権移転仮登記に基づく昭和五〇年八月二七日代物弁済による本登記手続をせよ。(当審で追加した第二次予備的請求)被控訴人は控訴人に対し金五八〇万円及びこれに対する昭和四二年一〇月一八日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、

被控訴代理人は、主文第一項同旨及び「被控訴人の第二次予備的請求を棄却する。」との判決を求めた。

当事者双方の事実の主張及び証拠関係は、次に付加するほか、原判決事実摘示と同一である(但し、原判決三枚目裏九行目を「二 第一次予備的請求原因」に改め、七枚目裏九行目「不知」の次に「、その余の部分の成立は認める」を加える。)からこれを引用する。

一  控訴人の主張

1  第二次予備的請求原因

控訴人は、その所有の八幡山の土地建物の売却及びその代金による本件土地及び同地上の建物買受の事務を被控訴人に委任し、昭和四二年九月二日武内近之輔に対し八幡山の土地建物を代金五八〇万円で売渡す旨の契約が成立し、代金中一万円は同日、九九万円は同月四日、その余の四八〇万円は同年一〇月一八日までにいずれも被控訴人において受領した。

被控訴人は、右金員中(一)一〇〇万円をまず、株式会社三菱銀行上北沢支店に預金し、同年九月二五日右一〇〇万円のうち八九万円を株式会社富士銀行小舟町支店の被控訴人普通預金口座に預け替え、うち七〇万六〇〇〇円を引き出して同金額の本件土地上の建物買受手付金の支払に充て、(二)三八〇万円を同年一〇月一八日株式会社三和銀行東松原支店の被控訴人の定期預金とし、右預金を担保として被控訴人が同銀行同支店から借り入れた金員により本件土地代金の売主蓑口に対する支払がなされ、その後右借入金は右預金と相殺され、(三)一〇〇万円を同日同銀行同支店の控訴人名義の定期預金としたが、右預金は、被控訴人において昭和四五年一一月四日解約払出のうえ費消した。

被控訴人が当初から八幡山の土地建物の売却代金をもつて自己のために本件土地及び同地上の建物を買い取る意思であつたとすれば、前記各預金行為をもつて被控訴人が控訴人の委任の趣旨に反して右金員を自己のために費消したこととなる。

よつて、控訴人は被控訴人に対し右預り金五八〇万円及びこれに対する最終預金日である昭和四二年一〇月一八日から支払済まで民法所定年五分の利息の支払を求める。

2  再抗弁(後記二被控訴人の主張2に対する)

(一)  被控訴人は昭和四七年三月一四日仮登記(第一次予備的請求原因2)により右1の債務を承認した。

(二)  控訴人は、本件訴提起をもつて第一次予備的請求として代物弁済による本登記手続請求をしたことにより、実質上1の債権につき請求をなしたものというべきである。

二  被控訴人の主張

1  第二次予備的請求原因事実中、武内との間に控訴人主張り売買契約(但し、売主は被控訴人である。)が成立し、控訴人主張の代金を被控訴人が受領したこと、被控訴人が右金員を控訴人主張のように銀行に預金し、右預金は、控訴人名義の一〇〇万円の定期預金のほか、いずれも被控訴人の用途に供されたこと(なお、定期預金三八〇万円については原判決事実摘示認否一2後段のとおり)は認めるが、その余は否認する。

2  被控訴人に控訴人主張の金員支払義務があつたとしても、昭和五二年一〇月一七日(一〇年)の経過により時効消滅した。

3  控訴人主張前記2(一)のとおり仮登記がなされた事実は認める。右仮登記は、名古屋精糖株式会社の倒産に伴い債権者の追求を免れるためのものである(原判決事実摘示抗弁)。

三  証拠の追加<省略>

理由

一  当裁判所も控訴人の主位的・第一次予備的各請求は、いずれも失当として棄却すべきものと判断するが、その理由は、次に付加訂正するほか、原判決理由第一、第二に説示されたところと同一であるからこれを引用する。

1  原判決八枚目裏二行目「並びに」から同三行目「本人尋問」までを「第二三号証の一、二、原審証人岩尾織江の証言及び原審及び当審における控訴本人尋問」に、同六行目「証人堀尾春海」から同八行目「岩尾証言」までを「証人堀尾春海の証言(原審一、二回及び当審)、原審における被控訴本人の供述中、右認定に反し、上十条の右借地権付建物は、控訴人から堀尾春海あるいはその夫たる被控訴人が譲受けており、またその売却代金は八幡山の土地建物の買入代金に足りなかつたから、不足分は堀尾春海あるいは被控訴人が都合したとの部分は、前記甲第二三号証の一、二、岩尾証言」に、同一〇行目から九枚目表六行目までを「控訴人あるいは被控訴人が武内近之輔に対し八幡山の土地建物を代金五八〇万円で売渡す旨の契約が成立し、右代金を被控訴人が受領したことは当事者間に争いがなく、前段認定の事実と原本の存在の成立に争いのない甲第二ないし第四号証、原審及び当審における控訴本人尋問の結果によれば、右契約の売主は控訴人であつて、控訴人は被控訴人に対し、右土地建物の売却に関する事務を委任し、被控訴人は右授権に基いて控訴人の代理人として武内との右売買契約を締結し、かつ、代金を受領したものと認めることができ、証人堀尾春海の証言(原審第一回及び当審)及び原審における被控訴本人の供述中右認定に反する部分は措信できない。」にそれぞれ改める。

同九行目「原告本人尋問の結果」を「原審及び当審における控訴本人の供述」に改める。

同裏六行目「また」から同一〇行目「によれば、」までを削り、一〇枚目表初行「三八〇万円を」の次に「昭和四二年一〇月一八日」を加え、同五行目「ことが認められ、右認定を覆すに各りる証拠は」を「ことは当事者間に争いが」に、同裏初行「一六日」を「二六日」に改める。

一一枚目裏五行目「困難である。」の次に「控訴人は、原審及び当審において、前記上十条、八幡山の各不動産を売却して転居した主たる理由は、前者については地主と、後者については隣地地主との紛争にあつて、本件土地をその地上建物とともに控訴人において取得することを予定しない限り控訴人がその所有の八幡山の土地建物を手離すことは考えたことがない旨供述し、控訴人の右意図自体はこれを否定する証拠がないが、この事実をもつてしても、4に認定した経緯からすれば、被控訴人が当時勤務していた会社との関連上自己において本件土地上の建物及び本件土地を買受けたとの認定を左右しえない。」を加え、一二枚目表初行「並びに原告本人」を「、第二二号証の一ないし四、同八、「中野正枝扱」・「中野正枝殿支払」・「中野正枝様扱」と玉城・渡辺名の印影部分以外について成立に争いのない甲第二二号証の五ないし七(成立に争いのある部分を除く。)並びに原審及び当審における控訴本人」に、同二行目「四九年」を「五一年」にそれぞれ改め、同六行目「できない。」の次に「控訴人は原審及び当審において、堀尾春海あるいは被控訴人から本件土地は控訴人の所有であるからこれら税金を控訴人が負担すべき旨求められたと供述するが、右供述は、証人堀尾春海の証言(原審第一回及び当審)及び原審における被控訴本人尋問の結果に照らし措信できない。本件土地につき控訴人主張の仮登記がなされた事実も控訴人の所有であることを裏付けるものとなしえない。」を加える。

2  同一〇行目「予備的請求」を「第一次予備的請求」に改める。

一三枚目表初行「昭和四六年一二月ころ」を削る。

同二行目の次に「右仮登記のなされた経緯につき付言するに、成立に争いのない甲第一号証、原審及び当審における控訴本人、原審における被控訴本人(一部)各尋問の結果によれば、控訴人は、さきに述べたように、本件土地及び同地上建物につき被控訴人を買主とする各売買契約が締結され、控訴人の所有していた八幡山の土地建物の売却代金によりその代金(建物につき一部)が支払われ、本件土地につき被控訴人名義で所有権移転登記が経由されたことを知り、被控訴人に対し、本件土地及び同地上建物(すくなくとも本件土地)の登記名義を控訴人に移転するよう求めてきたところ、被控訴人は昭和四三年三月二七日付金銭消費貸借契約(債権額五八〇万円)の債務不履行を停止条件とする代物弁済契約を原因とする前記仮登記をなし、右仮登記経由後ほどなく控訴人は右仮登記のなされた事実を知つて被控訴人に対し強く不満の意を表明し、控訴人・被控訴人間には本件土地の現在及び将来の所有権の帰属に関しなんらの合意にも達しなかつたことが認められ、この認定に反する証人堀尾春海の証言(原審第一回及び当審)、原審における被控訴本人の供述部分は措信しない。してみると、右仮登記がなされたからといつてその原因として表示された代物弁済契約が控訴人・被控訴人間に成立したということはできないのである。」を加える。

二  当審で追加された第二次予備的請求について

1  控訴人が被控訴人に対し八幡山の土地建物の売却に関する事務を委任し、被控訴人が右委任に基いてその代理人として買主武内から代金五八〇万円を受領し、右金員中三八〇万円を昭和四二年一〇月一八日被控訴人名義の三和銀行東松原支店の定期預金とし、これを担保として同銀行支店から被控訴人が借入れた金員をもつて本件土地代金三一一万二五五〇円の支払がなされ、その後右借入金は右預金と相殺されて完済となつていることは既に述べたところである。そして、右売買代金中一〇〇万円をまず三菱銀行上北沢支店に預金し、同年九月二五日うち八九万円を富士銀行小舟町支店の被控訴人普通預金口座に預け替え、また、一〇〇万円を同年一〇月一八日控訴人名義の三和銀行東松原支店の定期預金としたことは当事者間に争いがない。

2  以上の事実、原審における被控訴本人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、三菱銀行上北沢支店に預金された一〇〇万円のうち富士銀行小舟町支店に預け替えられた八九万円を除く一一万円は、八幡山の土地建物の売買に関する諸費用に充てられたものと認めることができ、右支払は被控訴人が同土地建物の売却事務の受任者として委任の本旨に従つてしたものとみるのが相当である。

3  既述の各事実、前掲乙第一号証、成立に争いのない甲第八、第一〇、第一三号証の各一ないし三、第一二号証、乙第三号証、第四、第五号証の各一、二、原審における被控訴本人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、富士銀行小舟町支店の前記預金八九万円、三和銀行東松原支店の控訴人名義の前記定期預金一〇〇万円及び同支店の被控訴人名義の前記定期預金三八〇万円(以上計五六九万円)は、被控訴人において本件土地上の建物(借地権付)を名古屋精糖株式会社から買受けるにつき手付金七〇万六〇〇〇円の支払に充てられるなど被控訴人の意思にしたがいその用途に供されたこと(本件土地代金支払のための借入金の支払も含まれるが、その買主が被控訴人であることはさかに述べたとおりであるから、もとより、被控訴人のための支出というを妨げない。)が認められる。

4  右事実からすれば、これら金員は、控訴人の意思にかかわりなく、被控訴人の用途に供することを予定して被控訴人において預金したものといわなければならないから、右預金時において受任者たる被控訴人が自己のために費消したとみるのが相当である。

したがつて、被控訴人は控訴人に対し民法六四六条、六四七条により、五六九万円の金員を支払い、かつ、これに対する最終預金日たる昭和四二年一〇月一八日以後支払済まで民法所定年五分の割合による利息を支払うべき義務を負つたこととなる。

5  右債務につき被控訴人は消滅時効の主張をするが、前記のとおり昭和四七年三月一四日被控訴人の意思に基き停止条件付代物弁済契約を原因とする前記仮登記がなされたところ、既に述べた事実関係と弁論の全趣旨によれば、八幡山の土地建物の代金を被控訴人において受領したことを離れては、当時被控訴人の控訴人に対する債務の存在は考え難いところであると認められるから、右仮登記をするに至つた被控訴人の意思としては、右のように控訴人の代理人として受領した右代金は本来控訴人に帰属すべきものであり、これを控訴人に引き渡す債務を負つていることの認識のもとに、これを担保するため登記簿上金銭消費貸借上の債務と表示して仮登記をなすに至つたものと認めるのが相当である。従つて、右債務を消費貸借としたのは格別の根拠のない表示上の便宜に出たものであり、その実体は、右のとおり控訴人の代理人として八幡山の土地建物代金を受領したことにより被控訴人が控訴人に対し負うに至つた債務を担保するための仮登記であるというべきであるから、右仮登記の履践により前記4の債務につき時効中断の事由たる承認があつたとみるのが相当である。

ところで、被控訴人は、右仮登記につき、被控訴人は当時勤務先の名古屋精糖株式会社から買受けた本件土地上の建物(借地権付)の購入代金中約五五六万円が未払で、同会社が倒産すれば、右建物だけでなく、蓑口から購入した本件土地も取り上げられると聞かされ、かかる追求を避けるため、控訴人と通謀して架空の原因に基いて右仮登記をした旨主張し、原審証人堀尾春海の証言(第一回)、原審における被控訴本人の供述はこれに副うが、右建物についてはともかく(成立に争いのない乙第六号証の二によれば、右建物は当時前記会社の所有名義のままで、かかる仮登記はなされていないことが明らかである。)、右仮登記より約三年前の昭和四三年四月二二日に蓑口から買受け、その代金も完済し、かつ、同月二三日には被控訴人に所有権移転登記のなされている本件土地につき前記会社の債権者の追求が及ぶことはありえず、また、仮りに債権者の追求を避ける意図でなされた架空のものとすれば、権利者名義を特に控訴人としたことの不審を免れないから、右証言・供述は到底措信しえず、被控訴人の右主張は採用の限りでない。

してみると、被控訴人の時効の主張は理由がない。

三  以上のとおりであるから、前記一と同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、当審で追加された第二次予備的請求については、二4で述べた限度で正当として認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山克彦 倉田卓次 高山晨)

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